Wednesday, January 28, 2026

Proof that Earthquake Occurrence is Not Random: Analysis of Singularities

 1. Introduction As explained in previous blog posts, I have long believed that earthquake occurrences follow certain laws. However, until recently, such regularity could only be observed within limited scopes, and I lacked definitive conviction. The discovery of "Singularities" has finally provided that conviction, and I will now begin to analyze and publish these findings sequentially.

2. Discovery of Singularities The first group of singularities identified is the Iki-Tsushima (壱岐・対馬) epicenter group. Located far from the edges of continental plates, this area accounts for only 9 epicenters out of approximately 220,000 total felt earthquakes in the JMA database. While the small number of events is a natural result of having fewer observation points in a remote maritime location, its true significance lies in the minimum "noise" from interference due to its isolation from other seismic groups. Analysis of this area clearly demonstrated that earthquake occurrences follow specific rules. However, I recognized that this location alone might simply be an exception.

Confidence was further solidified by the discovery of 12 additional singularities, obtained by filtering the vast JMA seismic dataset. These 12 singularities yielded results similar to the Iki-Tsushima (壱岐・対馬) group.

3. Analysis of Singularities Although the locations of the 12 singular epicenter groups have already been published, I have only completed the detailed analysis for the first one: the Izu region in Shizuoka Prefecture (静岡県伊豆地方). Nevertheless, the results are already astonishing. I am certain that this data will convince you that earthquake occurrences are by no means random but are bound by strict, rigorous rules.

4. Current Limitations and Expectations I am aware that my claims may seem quite ambitious, and some may expect that earthquake prediction is already possible. To be clear, we have not yet reached that stage. However, I predict that if the existence of absolute rules is confirmed, prediction will inevitably become possible in the future. It is my hope that this research serves as a stepping stone to bring us closer to viable earthquake prediction.

#SP12-1 静岡県伊豆地方の震源(北伊豆地震)の解析

 12の特異点その1  北伊豆地震の解析を進めていきます。

[マクロ的解析]

1930年の北伊豆地震M7.3は該当グリッド(東経139.0度北緯35度深さ1km)では、2段目の初期値M3.7から3段目M7.3に一気に増加しています。このギャップを説明するには周辺の大きな地震からの波及効果(ドミノ効果と呼んでいます)なしには説明がつきません。

そのため、特異点近傍のミクロな解析の前に周辺のマクロな解析を簡単に進めたいと思います。下図は気象庁有感地震データベースで伊豆地方および1919年の関東地震(関東大震災震源)を含む四角い矩形エリア内でM6.7以上の震源とそのリスト、震源推移のグラフです。



1923年の関東地震から次の伊豆大島近海M6.8以降では伊豆半島東方沖以降M6.7まで、逆時計回りで大きな三角形のエリアを囲むようにループを描いています。逆時計周りの三角形エリアを囲む同様の推移は壱岐・隠岐の震源群・12の特異震源群にも見られています。

また、M7.9に比較的近い震源ではM7.3の同規模の地震に対して、離れたところではM6.7~M6.9と少し小さめの地震規模となっています。

各震源グリッドの段数はM7.9に最も近い丹沢地震M7.3の1段目、次に発生の北伊豆地震M7.3震源グリッドは2段目M3.7からの3段目で、2つのM7.3がいずれもM7.9からドミノ式に誘発されたプロセスが見てとれます。さらにドミノは駿河湾(伊豆半島南端石廊崎付近)M6.9の1段目を誘発します。そこから伊豆大島近海M7.0、近くの伊豆半島東方沖M6.7のいずれも2段目を誘発しています。

伊豆大島に近いエリアでは1930年北伊豆地震M6.8の3段目、1978年伊豆大島近海M7.0の2段目、伊豆半島東方沖M6.7の2段目、と規模更新されており、M6.7~M7.0のレンジで周辺グリッドの最大Mがドミノ連鎖的に上昇している様子がわかります。

M7.9から離れたM6.8への最初の波及は周辺グリッドに分散して蓄積していたエネルギーがドミノのように集約、時間差で伝わったエネルギー伝達であり、M6.8から始まり、近傍のほぼ同規模のM6.7でループを「一周して規模が戻る」現象は、系全体のエネルギー保存や、地殻内の応力バランスが均衡し、安定化するプロセスを可視化したものと言えそうです。1980年のM6.7以降で今回解析した矩形エリアでのM6.7以上の地震発生は現時点でありません。

2段目M3.7から3段目M7.3への急増についてのマクロ的プロセス解析が済みましたので、次はいよいよ12の特異震源の1つ、北伊豆地震近傍の解析へと移行します。

[ミクロ的解析]

グリッドの地下方向での相互作用を確認するために特異グリッドの深さ1kmだけでなく、深さ方向のグリッドに解析範囲を拡げます。

同一グリッド経度・緯度の地震総数は42件で、そのうちの0kmの震源は11件、1kmは7件、その他は1~4件なので、一番浅い0kmから階層別に解析していきます。

0kmのグリッドのリストと東経北緯の震源推移グラフ




不明(ラベル無色)から3連続で不明が続いた後、M3.8に南下、黄色ラベルの不明以降からは逆時計周りに進み、M3.6で四角いエリアが閉じた後、M3.2まで時計回りに北上。以降では青ラベルのように南西方向になだらかに推移パターンに変化が見られます。

次に東経に対する規模Mの推移を確認しました。

赤線上の3点の相関部です。相関係数は0.9992とかなり高くなっています。

東経の移動に伴ってマグニチュードが一定の割合での変化は、断層面上の応力分布(あるいは摩擦特性)に極めて均質な勾配の存在を反映している可能性があります。


次に北緯に対する規模Mの推移を確認しました。


赤線上の各3点2組の相関部です。M3.6の震源を共有しており、相関係数は正の傾き/負の傾きで各0.9998/0.9985とかなり高くなっています。さらに驚くべき事に相関係数の高いこれらの2組はM3.2/M3.6/M3.8の組合わせも同じになっています。

2つの線形な震源群がクロスし、かつ特定のマグニチュードを共有している事実は、この特異点直上深さ0kmにおける応力場が、数学的に極めて厳密な幾何学構造を持っていたことを示唆しており、そこが「2つの異なる構造的ライン(断層系や応力軸)」の接点であることを意味します。 更に共有震源M3.6は、東経方向のエネルギー勾配と北緯方向のエネルギー勾配が完全に一致する「不動点」のような役割を果たしていた可能性があります。

M3.2/M3.6/M3.8の組合わせが同じである事は東経方向と北緯方向で、全く同じ「エネルギーの減衰(または増幅)」が同期して起きていたことになります。



1kmのグリッドのリストと東経北緯の震源推移グラフ
 いよいよ特異点グリッドの1kmの解析に入ります。震源深さ1kmの特異点グリッドの震源数は7件です。段数の赤字は各段の初期値です。1930年11月16日の##1-01の規模不明に始まり同年12月14日の##1-07のM4.4までのごく短い期間に集中しています。
 



東経北緯の震源推移では0kmだけでなく、1kmにおいても不明の震源から台形状のエリアを囲むようにほぼ逆時計回りのループが発生、始点近傍でループが閉じた付近で北伊豆地震M7.6が発生、次は同じく逆時計周りですが、大きく台形状のエリアから外れて南南東に推移しています。

1km層の震源推移が描く「ループ」は、まさにアスペリティ(固着域)の輪郭をなぞる動きであると解釈できます。

0km同様に東経に対する規模Mの推移を確認しました。0kmでは1組の相関しか確認できなかったのに対して、0kmの北緯同様に1つの震源を共有する2組の高相関の震源群が確認できました。さらに驚くことに2組の震源群(##1-03~1-05)および(##1-05~1-07)で、それぞれの相関係数は前者が1、後者も0.9993と高い係数となっています。7つの震源のみでしかも1震源は規模不明なので実質6つの震源で2組の1ないし1近くの高相関があるのは偶然ではありえません。


上図の相関部を抽出した図を以下に示します。

M3.6は特異点グリッドの1段目初期値、M3.7は2段目初期値で、相関係数1の相関直線上のM3.2/M3.4と続いた後、一気にM7.3の北伊豆地震まで拡大した軌跡が明確に示されています。


最後に0km/1kmの震源推移を重ねた図を以下に添付します。


以下、geminiによる12の特異震源である#SP12-1 北伊豆地震のメカニズム解釈です。

完全には理解が追い付いておらず、正誤のチェックは完全にはできていません。悪しからず。

北伊豆地震近傍のメカニズム

深さ0kmで発生した2回のM3.8(11月25日と11月26日)は、「幾何学的な枠組み(外枠)」を、24時間かけて構築するプロセス**において決定的な役割を果たしていました。

1. 0km層における2回のM3.8の区別と役割

• 1回目:1930年11月25日(前日) M3.8(深さ0km)

    ◦ 役割: 0km層の相関図における「負の傾き」の直線の起点。

    ◦ 意味: 本震の約24時間前に、特異点グリッドにおける最初の「最大負荷点」を配置し、南北および東西の応力勾配の端点を決定しました。

• 2回目:1930年11月26日(当日) M3.8(深さ0km)

    ◦ 役割: 0km層の相関図における**「正の傾き」の直線の起点。

    ◦ 意味: 本震当日の活動において、1回目(前日)のM3.8と対をなす「もう一つの最大負荷点」を配置しました。これにより、後の解析で示される「X字型のクロス構造(ネジ締め構造)」の外枠が完成しました。

2. 時系列再編:0km層から1km層への連動

2回のM3.8を区別することで、特異点が「特異点」として完成するまでの動的なプロセスがより鮮明になりました。

1. 枠組みの設置(11月25日): 前日のM3.8(0km)によって、地表付近の「歪みの境界条件」が一つ設定されます。
2. 対角軸の完成(11月26日早朝):当日のM3.8(0km)が発生し、前日の点と対をなすことで、グリッド内を「挟み込む」幾何学的な準備が整います。

3. 精密な収束(11月26日 01時〜04時前): その後、M3.6(共有震源)やM3.2といった震源が、構築されたM3.8同士の軸に沿って「大きい順」かつ「対称的」に発生し、グリッド内の遊びを完全に排除しました。

4. 1km層での本震発現(11月26日 04:02): 0km層での「ネジ締め(クロス構造)」が完了し、地表側が不動の「蓋」となった直後、エネルギーの逃げ場が1km下の層へと転嫁されました。ここで1km層のM3.8(基準値)と同時に**M7.3(3段目)**が発生しました。

補足説明

・震源深さ0kmと1kmでは数値的に大差ないように見えますが、0kmは波に対して解放端になっている違いがあります。

・震源の逆時計回りはマクロでもミクロでも確認され、地震特性のフラクタル性を示唆しています。

今回、震源深さが1kmの地震に対する解析でしたが、次回は震源深さ37kmの解析なので今回とは違う知見が得られる事を期待しています。

Tuesday, January 27, 2026

特異点その2 12の特異震源群 #SP12-1~12

 12の特異震源群をスクリーニングする方法を説明する前に震源グリッドの「段数」の定義について説明する必要があります。

グリッドは先の壱岐・隠岐の特異点で説明したように震源を経度・緯度・深さの小ブロックに分けたもので、緯度経度は0.1度単位・深さは1km単位です。

多くのグリッドでは大きな規模が発生した後ではより小さな規模の地震が起こるケースが大半です。1919年以降のデータをグリッド単位で見たとき、最初の発生した地震を1段目(規模不明だった場合は0段目)の初期値と定義します。以降の同一グリッドで発生した際の規模が最初の規模を初めて越えた時の地震を2段目の初期値、さらに2段目の規模を越えた場合は3段目の初期値、…と定義します。

気象庁有感地震データベース(1919年~2026年1月24日)での0段目を除く各段数は以下の通りです(初期値以降の次の段の初期値直前までは同一段数として扱います)。

データ全体(経度・緯度・規模不明(0段目)の場合を除く)の比率はを以下の円グラフに示します。

更にM7.0以上に絞ったものが以下の円グラフです。ほとんどが1段目(94%)で2段目・3段目は合わせて12件のみです。


明らかにM7以上では1段目~3段目の比率が上がっています。さらにM7以上では1段目の192件も併せて204件全てが各段数の初期値となっています。このことが2段目・3段目の12の特異震源を特徴づけています。同じグリッドでのM7以上の再発例は滅多にない事を意味します。

再度、明確にしますが、M7以上の2段目・3段目の12の特異震源と定義します。

単に段数だけが特異ではない事を最初の解析が既に示していますが、それは後述します。

12の特定震源群(#SP12-1~12)は以下の通りです。これは偶然かもしれませんが、3回の3段目の間には各4回の2段目があります。



色分けしたのは12震源中の青と黄に色分けした2組の連続した3件がほぼ直線上にあるためです。青が#SP12-4~6、黄が#SP12-8~10の連続となっています。

まず、12の特異震源群全部の東経北緯の震源推移図を示します。

青色・黄色ラベル2組を各ピックアップした結果は以下の通りでほぼ完全に直線上に位置しています。相関係数は各々1と0.9999です。

グラフの見やすさの都合で線の方角がわかりにくいですが、青の連続した震源推移(#SP12-4~6)はは浦河沖~茨城県沖の日本海溝より陸地側のほぼ南北に延びる直線となっています。発生時期は1978年~1982年の約4年間の短い時期で、東日本大震災に向けて蓄積エネルギーを蓄積していた時期でもあり、高い相関は当然の結果と言えるかもしれません。

黄の連続した震源推移(#SP12-8~10)は線を辿るとなかなか興味深いラインで、規模はM7.3~M7.4と揃っています。いわき市から八ヶ岳赤岳・琵琶湖南端・大阪湾の神戸海岸線とほぼ平行・石鎚山・佐多岬半島とほぼ平行・阿蘇山の各地点付近を通っています。順序的には1995年大阪湾での兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)から西南西の2016年4月の熊本地震に推移、大阪湾の震源上を東北東に折り返して同年2016年の11月の福島県沖でのM7.4に至ります(#SP12-8~10)。12の特異震源全体推移でみた場合、この福島県沖のM7.4(#SP12-10)と同じ震源域である福島県沖で同一規模の2022年のM7.4 (#SP12-11)が発生しています。

解析を先に進めます。12の特異震源から前記の相関の高い2組6件を除いた残り6件の橙の震源推移を下図に示します。壱岐・隠岐の場合と似たような残りの震源が全体的に三角形の領域を囲む反時計周りのループになっています。厳密には北東側ではM7.4がその前の震源M7とM7.1を結ぶラインをはみ出しているため、8の字型ループですが、これら連続した3点はほぼ直線上に位置(相関係数は0.9970)しており、壱岐・隠岐のケース同様に相関の高いこれらの相関ライン上で寄り道したと解釈すれば類似のパターンにも見えます。

12の特異震源群の始点である北伊豆地震M7.3はプレートのトリプル・ジャンクションに近く、前後では多数の群発地震も発生、更に1986年に伊豆大島の大噴火に至る火山活動の一環です。そのM7.3から始まったこの橙ループは始点のM7.3と福島県沖のM7.4を除くと、M7~M7.1と規模が揃っており、トリプル・ジャンクション付近の始点のM7.3のエネルギー波及が南海トラフ沿い、伊豆小笠原海溝の伊豆大島、北の日本海溝沿いを経由して一巡、さらに一昨年2024年に日向灘M7.1に至っています。このM7.1は南海トラフのトリガーの可能性を疑われた地震であり、特異点の資格は十分にありそうです。#SP12-4 宮城県と#SP12-10/11福島県沖の3つのM7.4は東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の影響で日本海溝沿いのグリッドの最大ポテンシャルが増大していたものと推測されます。

別ページで後述しますが、始点の1930年北伊豆地震自体も1919年の関東地震(関東大震災)の波及によると推測されます。大地震と火山活動の連動と見られます。

これら橙の6震源において、東経vsマグネチュードの推移図および北緯vsマグネチュードの推移図を以下に示します。

いずれもM7.3を起点として逆時計周りにループを描く相似性を示しています。

ここまでが12の特異震源群の解析結果となります。壱岐・隠岐の震源解析が示したのと同様の特異性を示した事は地震発生がランダムでなく、ある規則(群)に従って発生している事を十分に示唆していると考えています。次の#SP12-1 静岡県伊豆地方の解析でさらにその確信を深めることになります。

Monday, January 26, 2026

特異点その1 壱岐・対馬の震源群の解析

 気象庁データベースで壱岐・対馬の震源群は発生順に下表の9件のみです。


グリッド要素とは震源を東経(0.1度単位)・北緯(0.1度単位)・深さ(1km)単位の小ブロックを指します。表の右端にある東経・北緯は四捨五入して丸める前の値です。最大段数については後述します。

まずは東経・北緯の震源推移図を以下に示します。ラベルは各震源のマグネチュードです。

中央よりやや右寄りの規模不明の地震から始まり、次の不明で折り返したM3.8からは全体的には逆時計回りに推移しているように見えます。

黄色のラベル震源群をピックアップして確認したのが下図です。相関係数が1の完全な直線上にあり、おそらくは断層に沿った発生と思われます。ここで注目してほしいのは最初の表で太字で示した連続発生した3震源がこの完全な相関を示している事です。9震源の中から1組の3震源が完全な相関を示す事自体が偶然とは考えにくいのにさらに連続した3震源となると偶然と見なす方が不自然です。


黄色ラベルの震源群を除いた震源群の推移が下図です。三角形の領域を囲むようなきれいな逆時計周りになりました。

黄色ラベルもふくめた震源群全体が逆時計周りに推移していたのに断層に引っかかって寄り道したものと考えれば、壱岐・隠岐のこのエリアでは逆時計回りに地殻の破壊が進んでいた様子が伺えます。

ここまでは地震がルールに縛られている事を示す事のまだプロローグです。

地震発生がランダムではない証明(特異点の解析)について

 1.はじめに

 これまでのブログでも説明しているように地震発生が何らかの法則に従っている事を信じていましたが、規則性は限定的な範囲のみでしか成り立たず、その確信がこれまで得られませんでしたが、特異点の発見によりようやくその確信が得られたので順次解析して発表していきたいと思います。

2.特異点の発見

 最初の特異点群は壱岐・対馬の震源群です。大陸プレートの縁から遠く離れたこの地では気象庁の有感地震の総数約22万件のうち、わずかに9震源を数えるに過ぎません。周囲を海に囲まれ、本土から離れたこの地では観測点も少ないため、件数の少なさ自体は当然の結果なのですが、他の震源群から離れているため、干渉によるノイズが少ない事がその特異性なのです。ここの解析により、地震発生にルールがあることが明確に分かりました。ただし、この場所の例だけでは単なる例外の可能性もありました。

 次に見つけたのは同じく気象庁の膨大な地震件数からフィルタリングして得られた12の特異点です。これら12の特異点でも先の壱岐・対馬の震源群と同様の結果が得られたことから更に確信が得られました。

3.特異点の解析

 すでに12の特異点の震源群はページにて公表していますが、その解析が終わったのはまだ最初の静岡伊豆地方の特異点のみですが、すでに驚くべきが得られています。そのデータ群から地震発生が決してランダムではなく、厳密なルールに縛られている事を信じていただけるものと確信しています。

4.現在の限界と期待

 少々大風呂敷を拡げすぎた感はあり、地震予知ができたのでは?と期待する向きもあるかもしれませんが、まだそこまでの見通しは立っていません。しかしながら厳然たるルールの存在が確定したなら将来的に予知は必ずできると予測しています。この研究を足掛かりに地震予知により近づけるようになれば幸いです。

2026年1月27日

New important findings and pause updates of data catalogs

 As I have got some important findings and would like to put my effort into my study for the time being, I will pause updates of data catalogs. Instead, I will report the new findings. But, I will describe them in Japanese to reduce my loss time.  

Counts of occurrence per depth in 三重県北部・滋賀県

Counts of occurrence per depth in 三重県北部・滋賀県(Northern Mie Pref. and Shiga Pref.)is shown as below graph,

Though there were some out of order, the counts of shallower depths become more.  M7.9 Showa Tonankai earthquake in 1944 outside of this area affected  as some rapid increases.

  • 1km(red)…The count is the 2nd. There had been a steady increase until 1943, and there was a rapid increases between 1944-1945 induced by M7.9 Showa Tonankai earthquake in 1944 outside of this area (count as 134-180).  The largest one of 1km is M5.4 in 1950 (count as 247).
  • 10km(yellow)…The count is the 1st. 10km curve was following behind 1km curve. The count was accelerated around M5.5 of 10km in 1998 (count as 181). 10km curve overtook 1km curve (count as 306). The largest one of 10km is M5.5 in 1998 (count as 181).
  • 20km(orange)…The count is the 3rd. 20km curve has been following behind 10km curve. The 2nd longest silent term was between 1938-1944 (count as 9-10). There was a rapid increase caused by M7.9 Showa Tonankai earthquake in 1944. After that, the count has been increasing steadily. The largest one of 20km is M5.4 in 2007 (count as 138).
  • 30km(yellow green)⋯The count is the 6th. 30km curve was following behind 40km curve. But, it coudn't be achieved. The count stopped in 2000 (count as 19). So, 30km curve was overtaken by 50km curve. The largest one of 30km is M5.5 in 1939 (count as 5).
  • 40km(green)…The count is the 4th.40km curve was following behind 10km curve also. But, the frequency was less than 20km's one. So, 40km curve was overtaken by 20km curve in 1944 (count as 10). The largest one of 40km is M5.6 in 1925 (count as 3).
  • 50km(green)…The count is the 5th.50km curve was following behind 30km curve , and overtook it. The largest one of 50km is M4.9 in 1962 (count as 6).
  • 420km⋯The greatest one of all depths is M6.7 in 1925.
  • others⋯omitted.

日本列島における段数の特異震源(全13箇所)の広域連動相関構造

 第1章 全13の特異震源 一覧サマリー 気象庁全有感地震データ(1919年〜2026年)を「東経・北緯0.1度/深さ1km」で格子化した際、 「M7.0以上」かつ「段数2段目/3段目以上」 に達する極大破断グリッドは、気象庁有感地震データベースで以下の 13箇所のみ 存在する。...